 理事長:久 保 春 海 (東邦大学 医学部 第1産婦人科 教授)
生殖補助医療(ART)は生殖医療として、その操作の大部分は医療行為でありますが、医師のみで実施するには余りにも複雑な要因がからみ合っております。ARTの実施は患者カップルやその近親者に心理的、社会的、経済的負担を、そして生まれてくる子供には人為的生殖による出産という事実に秘められた遺伝的、心理的影響を及ぼす可能性があります。ARTの急激な技術革新はともすれば治療方針の選択の際に、患者カップルを混乱の坩堝に追い込んでしまうことも考えられますし、新しい技術を追求する必然性にこだわり過ぎて、強迫観念にとらわれさせてしまう可能性もあります。
このような複雑な問題点を医師単独で解決策を考え、不妊夫婦に説明して同意を得ることは不可能であり、ARTを受けようとしているカップルの抱えるこれらの諸問題に今後どのように対応するかが、friendly ARTの重要な課題となります。これからのART施設にはチーム医療として生殖医学、看護学、心理学、社会学、倫理学など多数の生殖医療関連の専門家が役割分担をして、不妊カップルの人生における将来の夫婦関係や子供の居る生活、居ない生活の人生設計について、カップルの人生観の全ての側面に触れることが必要であります。ARTプログラムに参加するカップルは、治療そのものがしばしば彼等の人生において経験する最もストレスの強いもののひとつであると感じ、治療の不安や、妊娠に至らなかった時に強い悲嘆にくれるでありましょう。そして、この感情はARTがカップルにとって、不妊治療の最終的手段であるという自覚によって更に増強されるはずであります。不妊という現実に立ち向かうカップルにとって、ストレスは無数の感情的表現として表れ、不妊が難治性であるほど感情の嵐は長引くものであります。生殖医療の中でカップルがこのような状態に陥るような場合、積極的に心理的支援をすることが最近、生殖医療に伴うメンタルヘルスサービスとして重要になってきております。
これからのARTは技術水準の向上による効果的手段の追及も大切ですが、ARTがカップルのQuality of life(QOL)や人間関係に与える影響をもっと真剣に考えていかなければなりません。わが国のART施設はいまや650施設を超え、ART治療数は年間80,000周期以上であります。妊娠率や生児獲得率も欧米に肩を並べるようになっておりますが、それでも1治療周期ごとに、70〜80%の患者さんが毎回涙をのみ、悲嘆にくれている現実があります。このような不妊カップルの心理的負担を出来るだけ軽くしてあげることが必要ではないでしょうか。
日本生殖医療心理カウンセリング学会は生殖医療における善意の集団だと思います。なぜなら、不妊カップルのメンタルケアは困難で時間のかかる問題でありながら、社会的・経済的にはほとんど見合わないからであります。
しかしながら生殖心理カウンセリングは公的助成金制度や今後の保険適応施設の条件として、また、これから日本でも行われる予定になっている非配偶者間生殖医療において、卵子提供者、受容者夫婦、あるいは生まれてくる子どもには必須であると厚生労働省も認めております。
このような背景から、今回、本会を立ち上げさせていただきました。わが国にも、不妊カップルのための真の意味の生殖医療心理カウンセリングシステムが根付きますように祈願してやみません。
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